立憲民主党と公明党の衆議院議員が合流し、2026年1月に誕生した中道改革連合。
ところが、9月には「解体」「分裂」と報じられ、その後は「民主改革の会」という新しい党名も登場しました。
「中道改革連合は結局どうなったの?」「公明党や立憲民主党に戻ったの?」と、途中から流れが分からなくなった方もいるのではないでしょうか。
今回は、中道改革連合の現在と、解体後も議員1人が残る理由、離党した議員の行き先を見ていきます。
立憲民主党へ戻らず新党をつくった理由や、党名が決まるまでの経緯も見ていきましょう!
中道改革連合が事実上の解体へ!9月に48人が離党
中道改革連合は2026年9月9日、所属議員が新党や公明党に移り、国会では統一会派を組む方針を発表しました。
報道では、この動きが事実上の解体と伝えられています。
さらに9月16日の議員総会では、所属していた衆議院議員49人のうち、48人の離党が承認されました。
小川淳也氏は代表を辞任。党に残る渡辺創氏が、後任の代表に選ばれています。
1月に一緒になった議員たちが、同じ年の9月には党を離れることになったわけです。ずいぶん早い展開でしたね。
中道改革連合はどうなった?現在は議員1人で存続
2026年10月12日時点で確認できる公式情報では、中道改革連合は渡辺創氏1人を残して存続しています。
49人が所属していた党は事実上解体しましたが、党の組織そのものは残っています。
選挙費用の支払いや支部の閉鎖など、残った仕事を終えるためです。
「解体したと聞いたのに、公式サイトがまだあるのはなぜ?」と思うのも無理はありません。
議員の大半が離れた後も、党を閉じるための作業が続いているのです。
党に残った渡辺創氏は清算を担当
【速報】中道改革連合、注目の「受け子」は渡辺創(48) 元毎日新聞記者 約2年半小沢一郎氏と藤井裕久氏の担当 代表とか幹事長じゃないんだw どうやって決まったのか興味津々 くじ引きかな( ´_ゝ`) https://t.co/S9VhJ45nSC
— もえるあじあ ・∀・ (@moeruasia01) September 11, 2026
渡辺創氏(わたなべ・そう)は、宮崎1区選出の衆議院議員です。
中道改革連合では組織委員長などを務めていました。
9月16日の就任会見では、全国約190の総支部を整理することが大きな課題だと説明しています。
支部の閉鎖だけでなく、政治資金収支報告書などの作成や、監査への対応も必要になるそうです。
所属議員が離党しても、こうした事務手続きまで一度になくなるわけではないのですね。
渡辺氏は弁護士や会計士の助言を受けながら作業を進め、整理を終えた後は新党に合流する方針を示しています。
解体後も1人残る理由は選挙費用の支払い
党をすぐに解散しない理由として、小川氏が説明したのは衆院選で使った費用の支払いです。
9月9日の会見では、選挙の際に民間業者へ依頼した仕事の代金が残っており、分割払いなどで対応していると説明しました。
同日の報道では、中道改革連合が2026年分の政党交付金約23億4,000万円を満額受け取る方針も伝えられています。
政党交付金の原資は税金です。大半の議員が離れた党が受け取り続けることには、批判や疑問も出ています。
一方、小川氏は支払いを完了するために必要だと説明し、お金が余った場合は国庫への返納も含めて検討する考えを示しました。
そのため、現在の中道改革連合は、選挙に向けて勢力を広げる役割よりも、残った支払いや手続きを終える役割を担っています。
中道改革連合はなぜ解体した?3党合流が実現せず
公明党、立憲民主党と中道改革連合を結成 ↓ 衆議院で、創価票+労組票で21議席から28議席に躍進 ↓ 中道解体して公明党に戻る ↓ 公明党「選挙費用、税金で穴埋め頼むわ」 つくづく凄いよなwww🤣 https://t.co/n998BVKLdJ
— NewsNews.Today (@newsnews_today) September 12, 2026
解体に向かった大きなきっかけは、立憲民主党・公明党との3党合流が実現しなかったことです。
中道改革連合ができたとき、主に合流したのは両党の衆議院議員でした。
立憲民主党と公明党は、参議院議員や地方議員が所属する党として残っていました。
その後は参議院側も含めて一つの党になるために話し合っていましたが、8月末に合流を見送ることになります。
2月の衆院選で49議席にとどまる
中道改革連合は、結党直後の2026年2月8日に行われた衆院選で大敗しました。
公示前勢力172議席に対し、獲得したのは49議席でした。
当選者の内訳は、公明党出身者が28人、立憲民主党出身者が21人です。
選挙後の2月13日には、小川淳也氏が新代表に選ばれ、党の立て直しを進めました。
ただ、選挙で負けた直後に党がなくなったわけではありません。
小川氏のもとで活動を続けながら、立憲民主党、公明党との合流を目指していたのです。
立憲民主党が合流を見送り、公明党も断念
公明党の説明によると、立憲民主党は8月28日、中道改革連合への組織的な合流をしないと決めました。
公明党は、平和安全法制に対する考え方など、政策の根本で一致できなかった点も挙げています。
続く8月31日の3党党首会談後、小川氏は、公明党だけが先に合流することも控えるとの考えが示されたと説明しました。
つまり、衆議院側で一緒になった後、参議院側も含めて一つの党にする計画が進まなかったのです。
そこで中道改革連合は、同じ党に所属し続ける形を見直し、新党や公明党に分かれながら協力する道を選びました。
中道改革連合の議員はどこへ?新党と公明党に分かれる
中道改革連合に所属していた49人は、公明党、新党「民主改革の会」、中道改革連合に残る議員、無所属の議員に分かれました。
9月の再編後の行き先を並べると、次のようになります。
| 行き先 | 人数 | 主な動き |
|---|---|---|
| 公明党 | 28人 | 公明党出身者が復党 |
| 民主改革の会 | 18人 | 立憲民主党出身者が新党に参加 |
| 中道改革連合 | 1人 | 渡辺創氏が代表として残留 |
| 無所属 | 2人 | 泉健太氏・大島敦氏が新党への参加を見送り |
公明党は9月24日、衆議院議員28人の復党を承認しました。
一方、立憲民主党出身者の多くは、そのまま立憲民主党へ戻ったわけではありません。新しい党をつくって再出発しています。
新党「民主改革の会」は18人で再出発
立憲民主党出身の議員たちがつくった新党は、民主改革の会です。
9月17日に設立が届け出られ、24日に18人での再出発が伝えられました。
代表は小川淳也氏、幹事長は階猛氏です。野田佳彦氏や長妻昭氏なども参加しています。
当初は中道を離党した立憲出身者20人の結集を目指していましたが、泉健太氏と大島敦氏は参加を見送りました。
泉氏は、中道改革連合を残して政党交付金を受け取ることなどに疑問を示し、十分な説明が受けられていないと話しています。
党を分けた後も、全員が同じ選択をしたわけではなかったのですね。
国会では47人の統一会派「中道」で活動
党が分かれた後、公明党や民主改革の会などの議員は、衆議院で統一会派「中道」を結成しました。
会派とは、国会での活動を一緒に行う議員のグループです。違う党に所属していても、同じ会派を組むことができます。
9月24日に届け出られた統一会派の内訳は、次の通りです。
| 参加する議員 | 人数 |
|---|---|
| 公明党の議員 | 27人 |
| 民主改革の会の議員 | 18人 |
| 中道改革連合の渡辺創氏 | 1人 |
| 無所属の大島敦氏 | 1人 |
| 合計 | 47人 |
公明党に戻った28人のうち、衆議院副議長の石井啓一氏はこの会派に参加していません。また、泉健太氏も含まれていません。
衆議院公式サイトの会派一覧でも、9月28日現在の「中道」は47人と掲載されています。
ここが少しややこしいところです!ニュースに「中道」と出てきても、議員1人の政党を指す場合と、47人の会派を指す場合があります。
党は分かれましたが、国会では一緒に活動する形が残っている、と捉えると流れがつかみやすいと思います。
なぜ立憲民主党に戻らない?わざわざ新党をつくる意味は?
公明党出身者は公明党に戻ったのに、立憲民主党出身者は新党をつくる。この違いに、疑問を感じる方もいると思います。
小川氏らが示しているのは、中道で掲げた政策を引き継ぎ、公明党との協力も続けるという方針です。
小川氏は9月4日の会見で、立憲民主党や公明党への復帰は可能だという認識を示しました。
同時に、衆院選で掲げた安全保障や原発政策などは、新たな体制でも引き継ぐ考えを説明しています。
もともと立憲民主党に所属していた議員でも、中道に参加した後は、公明党出身者と合意した政策で選挙を戦っています。
一方、参議院側などに残った立憲民主党とは、政策を合わせられず、合流に至りませんでした。
この経緯と小川氏の説明からは、元の立憲民主党へ戻るよりも、中道で決めた政策を続けられる党をつくり、公明党と連携したいという狙いが読み取れます。
実際、民主改革の会は中道改革連合の路線を引き継ぐ党と位置づけられ、小川氏が代表、階氏が幹事長を続けています。
ただ、議員の多くが元立憲という点を見ると、「元の党に戻る形ではだめだったの?」と感じるのも自然ですよね。
新党として何を引き継ぎ、立憲民主党とどこが違うのか、具体的な政策や活動で伝えてほしいところです。
「民主改革の会」という党名になったのはなぜ?
新党の名前も、最初から「民主改革の会」に決まっていたわけではありません。
9月14日の報道では、「民主の会」「民主フォーラム」などの案が出ていました。
しかし、総務省から、既存の政党名と似ているため、認められない可能性が高いと説明を受けたとされています。
翌15日には「新民主の会」と「民主改革の会」が候補となり、総務省との協議を経て、「民主改革の会」とする方向で調整が進みました。
時事通信は、「民主」を含む他党との違いを分かりやすくするために、この党名になったと報じています。
国民民主党や立憲民主党など、「民主」を含む党名がすでにあるため、名前だけを見て戸惑う方もいると思います。
ただ、確認した報道では、国民民主党だけとの混同が理由だったとは明示されていません。
説明されているのは、既存の政党名との紛らわしさを避けるための調整です。
つまり、この名前の変更は、新党をつくる方針が決まった後に、どの党名で届け出るかを検討する中で起きたことでした。
まとめ
今回は、中道改革連合がどうなったのか、現在の状況と所属議員の行き先を見てきました。
- 2026年9月、事実上の解体を決め、48人が離党
- 中道改革連合は渡辺創氏1人を残して存続
- 党を残す目的は、選挙費用の支払いと組織の清算
- 公明党に28人が復党し、新党「民主改革の会」に18人が参加
- 民主改革の会は、中道の政策と公明党との協力を引き継ぐ方針
- 国会では47人の統一会派「中道」を結成
一つの党としての活動は大きく変わりましたが、議員同士の協力まで終わったわけではありません。
これからは、残った党の清算がどう進むかに加え、民主改革の会と公明党が国会でどのように協力するのかも見ていきたいですね。

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